【おさらい会2026】演奏曲名リスト&曲解説 / ▼国頭ジントヨ▼ 登川誠仁作詞。やんばる地方の豊かな自然に宿る教訓が歌われています。照屋三線倶楽部に参加してまだ一年に満たない新人のM井夫妻が歌います。沖縄の自然を思い浮かべ、聴いていただけたら嬉しいです。


 

▼国頭ジントヨ▼

登川誠仁作詞。やんばる地方の豊かな自然に宿る教訓が歌われています。照屋三線倶楽部に参加してまだ一年に満たない新人のM井夫妻が歌います。沖縄の自然を思い浮かべ、聴いていただけたら嬉しいです。


▼豊年音頭▼

沖縄を代表する祝いの民謡で、豊作や家族の繁栄を願う気持ちが込められた一曲です。作曲は沖縄音楽界を代表する普久原恒勇氏、作詞はそけいとき氏によるもので、歌詞には海鳥が大漁を知らせる様子が描かれ、自然の恵みに感謝する沖縄らしい世界観が表現されています。さあ、カチャーシー!締めの定番曲として皆様も是非・是非ご一緒に!


▼艦砲ぬ喰え残さ▼

沖縄戦で生き残った者の悲哀を歌った歌。作者の比嘉恒敏(こうびん)は、撃沈された対馬丸や空襲などで家族を失う。戦後再婚し4人の娘が生まれ「でいご娘」として世に出したが、巡業の帰りに米兵の車との事故で妻と共に命を落とす。残された「でいご娘」が父の思いを胸に今も歌い繋いでいる歌です。


▼美しの琉球▼

沖縄音楽界の父、普久原恒勇(ふくはらつねお)作曲による沖縄民謡の代表作になります。歌詞もヤマトグチで、広く沖縄民謡を聴いてもらいたいという意欲が表れた名作になります。照屋三線ファミリー、女性中心の唄と踊りをお楽しみください。


▼安里屋ゆんた▼

沖縄民謡の中でも特に有名な歌、「新安里屋ゆんた」は、竹富島の人々が畑作業などの時に歌っていた労働歌(=ゆんた)が元になっています。下級役人が竹富島の絶世の美女“安里屋クヤマ”さんを見初めて求婚するも、上手に断られてしまう、というような内容の歌です。竹富島で水牛車に乗って島巡りをする時ガイドさんがこの唄を歌ってくれます。どうか、皆さまお手拍子とお囃子「サーユイユイ」、「マタハーリヌツンダラカヌシャマヨー」のご協力お願いします。


▼島情話▼

「赤城の子守歌」や「人生の並木路」「すみだ川」などの名曲を作られた、川崎出身の詩人で作詞家「佐藤惣之助」が、沖縄を訪れた時の思い出の詞に、横浜出身の「竹岡信幸」が作曲した歌になります。沖縄の人が作った曲ではありませんが、沖縄の風景・自然・生活が目に浮かぶような歌詞とメロディーが魅力です。伊藤久雄、中曽根美樹など、多くの歌手により唄い繋がれてきている美しい名曲になります。本日は女性の振り付けも入ります。


▼Dany Boy▼

Dany Boyは、アイルランド音楽で最も有名な曲のひとつです。戦場へおもむく息子ダニーの無事を祈り、帰郷を待ち侘びる母の深い愛情と切ない別れを描いています。石垣島出身のあらゆきとさんと、宮古島出身のしもじいさむさんで結成された音楽ユニット、サキシマミーティングにより、「うちなーぐちVer.」でカバーされました。娘ジントーヨーで有名ながねこよりこさんも、「うちなーぐちVer.」で歌われています。


▼テーゲー▼

1994年に発売されたネーネーズの「テーゲー」です。「テーゲー」とは「適当」「おおよそ」「だいたい」「いい加減(良い加減)」という意味ですが、もっと幅広く、「のんびり」「マイペース」「おおらか」という意味でもあります。それでは、ネーネーズのライブの定番曲でもある「テーゲー」、ご存知の方は一緒に歌ってください。


▼ナークニー カイサレー▼

ナークニーは沖縄を代表する叙情歌の王様で、宮古風のナークニーに後続する彩りの歌(散らし)がカイサレーです。自分の思いや恋心をこの歌に乗せて即興で歌い交わし、ちょっと気になる人に自分らしさをアピールしていたのでしょうね。往時の毛遊び、歌遊び、宴と共に人々の暮らしに思いを馳せてお楽しみいただければ幸いです。


▼涙そうそう▼

森山良子さんが亡きお兄様への切ない想いを綴り、BEGINの心に染入るメロディと夏川りみさんの圧倒的な透明感によって日本中へ広がった不朽の名曲。世代や地域を超えて心をつなぐ「涙そうそう」、ぜひご唱和ください。


▼上り口説▼

琉球王府の使節が首里を出発し、海上を渡って薩摩(鹿児島)へ赴くまでの道中の風景や無事を祈る様子を表しています。


▼鳩間節▼

“安里屋ゆんた”、“とぅばらーま”と並んで八重山民謡3大有名メジャー曲な鳩間節。そんな鳩間島に、三線かついで訪れて、鳩間中森頂上でこれ唄いたいなーと思ってgoogleたら、西表島の北にポツンと浮かぶ周囲4km住民50人のミニ島で民宿の他には観光客向け要素ほぼゼロ。交番無し病院無し商店無しATM無し。そして1日1便のフェリーが、ちょと強風なら7割がた欠航するとゆう八重山topの秘境島なんだそうです。そんなところで西暦1704年に生まれたらしい大ヒット曲オリジナル島バージョンで覚えてみました。


▼花▼

この曲は喜納昌吉(きなしょうきち)さんが戦争の悲しみを乗り越えてすべての人の心に平和の花を…と言う願いを込めて作った曲だそうです。今まで普通に歌っていた花。この曲にはそんな想いが込められていたのですね…


▼花の酒場▼

大田区蒲田。昼間から多くの人でにぎわう今でも昭和風情の飲み屋街が残る街。照屋寛正が見た蒲田の飲み屋街の風情を沖縄民謡風に作り上げてます。


▼まんしゅく節▼

伊江島を代表する民謡「ましゅんく節」は「マシュンク」と「ナビー」の美しさが競われ、ナビーが美しいと歌われるものの、曲名にはマシュンクの名が使われています。昔の沖縄では、家事の上達と幸せを願い、マシュンク(土焼鍋)やナビー(鉄鍋)といった生活道具を女性の名にする風習があり、そのため、この歌は「道具の比較」とする説のほか、方言でマシュンクが「ひょうきんな男」を意味することから「男女の比較」とする説もあります。当時の生活文化やユーモアが詰まったこの曲を、Wタナベ姉妹で楽しく演奏します!


▼夫婦船▼

(みいとぅぶね)とよみます。夫婦の人生を航海に例えた沖縄民謡です。かなしみいと船とは恋しい愛おしいという意味です。結婚生活40年余り、しみじみと歌詞の意味をかみしめて歌いたいと思います。


▼物知り節▼

「物知り節(むぬしりぶし)」は、昭和の名曲をたくさん作った普久原朝喜(ふくはらちょうき)氏の作品。沖縄の教訓歌として歌い継がれている民謡です。この曲には先人が残した教え『黄金言葉(くがにくとぅば)』すなわち沖縄に伝わる黄金のように価値がある大切な教えや、ことわざが残されています。別名「浦波節(うらはぶし)」とも呼ばれていますが、この曲がなぜ二つの曲名があるのかは不明だそうです。


▼子守唄メドレー(仮)▼

琉球放送で毎年旧盆の時期に沖縄県内で放送される『オキナワノコワイハナシ』のオープニング曲であり、琉球王国時代の古い物語をもとにした怖い歌『耳切り坊主』から、『べーべーぬ草刈いが』『赤田首里殿内』へと続く子守唄メドレーです。ぜひお囃子をご一緒にお楽しみください。


▼我が生り島ナークニー▼

私は具志川村の幸崎に生まれ。きれいな浜が広がり少年時代は海の潮が引くと潮干狩りが当たり前で高台に昇ると中城湾が美しく見える。又お盆は若者、年寄エイサーで楽しんだもんだ。しかし四・五十年たって里帰りしたら昔の面影はどこにも残っていない。あえて残っているものは島の言葉だけ。さびしいものだ。その思いを唄に込めて。